料理家栗原はるみを知らない人はいない、というほど有名になった伝説の主婦のレシピ作りの様子をNHKが追いかけたのが「プロフェッショナル 仕事の流儀 料理家 栗原はるみの仕事 ~料理の力を、信じている~」です。
撮影は2011年頃、当時64歳頃の栗原はるみの映像です。

©NHKエンタープライズ
レシピ本を出すたびに大ヒット、累計数千万部を販売し、世界中で有名になった栗原はるみですが、実は普通の主婦でした。
数えきれない数の料理本を出版し、累計2200万部以上を売り上げています。
日本人で初めて世界料理本大賞を取得しました。
「プロフェッショナル仕事の流儀」に関する記事
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オススメポイント
- レシピ作りのとんでもない苦労が分かる
- なぜ料理に情熱を持ち続けられるのかが分かる
- 栗原はるみがどうやって家庭料理の第一人者になったのかが分かる
栗原はるみの一日
栗原はるみは、都内の一軒家に夫と二人で生活しています。
朝5時半に起床します。
ねこのえさやりを終えると、いきなり家の掃除を始めます。
放っておくと朝ごはんも食べずに働き続けるので、夫が朝ごはんを作って食べさせます。
朝9時を過ぎるとアシスタントたちが家にやってきて、厨房に立ち料理のレシピ開発が始まります。

©NHKエンタープライズ
その合間に雑誌の編集者と記事の打ち合わせです。
そして雑誌用の写真撮影。
撮影終了後も一人で試作品を作り続けます。
栗原はるみの経歴
栗原はるみは、料理を本格的に学んだことはありません。
作るレシピは全て主婦の経験によるものです。
栗原はるみの母親は朝4時から起きて家事を完璧にこなす人でした。
そんな母から料理のいろはを習いました。
短大を卒業すると実家に帰り家事の手伝いをしました。
たまたま下田に遊びに来ていたテレビのキャスター玲児と出会い、結婚します。
結婚後半年、夫が選挙に出馬し落選、収入が1年間とだえてしまいます。
当時の栗原はるみはどうすることもできず夫を頼るしかありませんでした。
ある日、夫が家に連れてきたテレビ関係者が栗原はるみの料理におどろき、テレビや雑誌で紹介してみないかと持ち掛けてきました。
栗原はるみの料理が載る雑誌は、あっという間に大人気となりました。
しかし、1年で400点の料理のレシピを載せるのは大変で、昼も夜もなくレシピを考え続ける毎日でした。
ある日、ふと見た自分のレシピに文章がぎっしりで、料理の楽しさが伝わっていないのではないかと疑問に思い始めます。
50代後半になり、ある覚悟を決めます。
人気雑誌の連載を打ち切りたいと自ら言い、小さな場でいいので自ら編集に関わり、自分らしく料理の楽しさを伝える本を作り始めます。
その後はエッセイのような暮らしの楽しさを伝える文章を入れたレシピ本が大人気となりました。
栗原はるみの名言
「料理って楽しいよね。だって自分の思いが伝わるじゃない。」
「やっぱり料理って難しいかなって思わないように、裏切らないようにしたいなってことです。」
「「あなたのレシピは信頼できる」と、「それで料理が好きになった」と言われたら最高の私へのプレゼントですね。」
「私は自分のレシピを決して信じないようにしているんですよ。もっと簡単な道がきっとあるんだろうなといつも思っています。」
「楽しく生きるってことは、自分で考えること。私はお料理をとおしてそれを学んできた。」
プロフェッショナルとは?この質問にはこう答えました。
「私が決してプロフェッショナルとは思っていないんだけど、私ができることを、誰よりも楽しみながらやれて、それを一生懸命やり続けたいですね。」
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