レッドブルはリポビタンDをヒントに作られたエナジードリンク

レッドブルはなぜ世界で52億本も売れるのか 投資・金融・会社経営
©ヴォルフガング・ヒュアヴェーガー/日経BP

レッドブルはなぜ世界で52億本も売れるのか」は、オーストリアにある小さな飲料水メーカーが、わずかな期間でコカ・コーラに並ぶほどの巨大な企業に成長した奇跡を描いた物語です。

オススメポイント

  • 普通の会社員がどうやって巨大企業を作り上げたのか
  • レッドブルの原点は日本のリポビタンD
  • 売れるまでに破産しかけた事実
  • スポーツを利用した広告戦略

ディードリッヒ・マシテッツという経営者

ディードリッヒ・マシテッツは、オーストリアの出身です。

オーストリアのウィーンにある国際貿易大学(現在のウィーン経済大学)を卒業しました。

最初はウイーン工科大学に入学したのですが、途中で国際貿易大学に編入し、アルバイトに明け暮れていたため、卒業までに10年を費やしています。

ドイツにあるユニリーバの子会社ブレンダックスに就職し、マーケティング部のマネージャーとして日本円に換算すると1500万円から2000万円くらいの年収をもらう敏腕サラリーマンでした。

30代後半という年齢でこの収入なので、相当優秀なサラリーマンであったことが分かります。

リポビタンDを知ったことで運命が変わった

1982年、ディードリッヒ・マテシッツ出張で香港のマンダリン・オリエンタルホテルに泊まりました。

そのバーで雑誌を読んでいるときに、日本の高額納税者の第一位がソニーやトヨタの経営者ではなく、大正製薬という会社の経営者であることを知ります。

そこで初めてリポビタンDというエナジードリンクの存在を知りました。

それからディードリッヒ・マテシッツは、なぜエナジードリンクで世界第二位の経済大国日本で1番のお金持ちになれるのかが気になり、ありとあらゆるエナジードリンクを調べ始めました。

タイでレッドブルの原点に出会う

あるときタイにあるユニリーバのパートナー企業であるTC製薬社に行ったときに、リポビタンDと同じ成分を含むクランティンデーンというドリンクを販売していてタイ国内で人気を博していることを知ります。

クランティンデーンは、タイ語で「赤い雄牛」を意味しています。

つまり「レッドブル」という名前はクランティンデーンを英語に訳しただけなのです。

1984年、交渉の末、アジアの地域以外でのクランティンデーンを販売するライセンスを獲得します。

ディードリッヒ・マテシッツが40歳の頃の挑戦でした。

そして、ユニリーバを退職し、レッドブル・トレーディング社を設立しました。

タイでクランティンデーンを作っていた人物と50%ずつの共同出資で立ち上げた「レッドブル・トレーディング社」は、今でも同じ関係を続けています。

ヨーロッパでの販売開始までの苦悩

ヨーロッパ人の好みに合わせて味を変えるために実験を繰り返し、預金を全て使い果たしました。

このとき、サラリーマン時代に貯めた5000万円近い預金を食いつぶしたと言われています。

ディードリッヒ・マシテッツは、自身が過ごしていたドイツで営業許可を取ろうと手続きを行いますが、エナジードリンクという法律上のカテゴリーが存在せず、販売許可の承認がおりませんでした。

 

ディードリッヒ・マシテッツは、ドイツに別れを告げ、オーストリアに本拠を移しました。

ドイツは国を代表するレベルの巨大企業を逃してしまったのです。

そして、1987年、ついにオーストリアでのレッドブルの販売許可がおります。

しかし、レッドブルは最初は全く売れませんでした。

経営に行き詰っていたレッドブル社を、民間の小銀行シュペングラーだけが援助の手を差し伸べました。

それ以降この小さな銀行はレッドブル社が大企業になっても巨大な銀行と肩を並べ取引銀行として名を連ねています。

レッドブルが一気に波に乗る

最初は売れなかったレッドブルですが、次第に若者たちの間でカクテルの材料として適していると評判になっていきます。

売上は右肩上がりに増えていき、3年目には採算がとれるようになりました。

そして、レッドブルはあるCMにより一気にオーストリア中で注目を集めるようになります。

独特なアニメと「レッドブル 翼をさずける」というキャッチフレーズのCMはオーストリアの広告大賞に3年連続で選ばれました。

1990年代になるとレッドブルはヨーロッパ中で売れ始めました。

2000年に入ると、販売先をアメリカにまで伸ばし、ここでも爆発的なヒット商品になります。

さらに2000年代後半になると日本などのアジアでも爆発的に売れ始めます。

2011年にはいよいよ中国に進出し、レッドブルは世界中を手中に収める大企業になりました。

レッドブルに流れる悪いウワサ

レッドブルはしばしば危険な飲み物としてニュースを賑わせます。

飲料に含まれるタウリンはフランスでは医薬品として取り扱う旨の法律があります。

フランスでは実質、飲料水としての販売ができないということです。

そのため、フランスで販売されているレッドブルはタウリンの代わりにアルギニンが含まれています。

なお、日本でもタウリンを含む飲料は医薬部外品としての取り扱いとなってしまうためアルギニン入りのレッドブルです。

また、レッドブルは大量のカフェインが含まれることも、中毒になる原因としてしばしば医療関係者に指摘されます。

しかし、そのニュースはレッドブルの売上に逆に良い効果を与えます。

それほど危険視されるほど、体力回復に効果があると思い、愛飲者はますます増えていきます。

レッドブルの独特な経営スタイル

レッドブルには工場がありません

生産は全て外部委託し、販売と宣伝に全力を注ぎます。

また、 レッドブルは積極的にスポーツへの出資を行います。

F-1や、サッカーチームへの参入から、エアレース、ベースジャンプなどのエクストリームスポーツに至るまで、スポンサーとなっています。

レッドブルは年間売上の3分の1を広告宣伝費に使用し、そのうちの3分の1をスポーツに投入しています。

ディードリッヒ・マテシッツの名言

ディードリッヒ・マテシッツは、シャイで、あまりメディアの前に姿を現しません。

したがって、あまり名言と呼ばれる言葉は残されていません。

しかし、レッドブルが売れず苦労していた頃に、未来を信じて語った熱い言葉があります。

「レッドブルのための市場は存在しない。我々がこれから創造するのだ。」

 

レッドブルのストーリーは、最後に成功するのは自分を信じ続けた者だということを教えてくれます。

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