アポロ11号の月面着陸はヴェルナー・フォン・ブラウンという天才のおかげ

コズミックフロント サターンV アポロ11号 ドキュメンタリー
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1969年7月20日、人類はアポロ11号により月面着陸を達成しました。

月面着陸

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コズミックフロント 月への翼を手に入れろ ~史上最大のエンジンはこうして作られた~」の内容を元に、3000トンを超えるロケット・サターンVを重力に逆らって宇宙へ打ち上げた伝説のエンジンF-1の開発に迫ります。

サターンVとは?

サターンVは、アポロ計画の全てで使われた多段階式ロケットの名称です。

サターンVが機体の名称で、アポロ〇号というのが計画の名称です。

サターンVは全長111mあり、現在までに打ち上げられたロケットの中で最大です。

そこに搭載されたエンジンF-1は1億6000万馬力という信じられないパワーを生み出しました。

エンジンが火を噴くと数キロ先の家の窓ガラスを叩き割るほどでした。

ロケットエンジンの進化

1926年、アメリカのロバート・ハッチンス・ゴダードが液体燃料により、世界初のロケットが打ち上げました。

到達高度は12.5mでした。

世界各地でロケットブームが起こり液体燃料ロケットが作られましたが、どれも性能はイマイチでした。

第二次世界大戦中に、ドイツ陸軍が開発したV-2ロケットが、これまでの記録を大きく更新しました。

高度85kmを飛び、人類史上初の宇宙空間へ飛び出しました。

V-2ロケット

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V-2は近代ロケットの元祖だと言われています。

このV-2エンジンを開発したのが、天才科学者ヴェルナー・フォン・ブラウンです。

ヴェルナー・フォン・ブラウン

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天才科学者がアメリカへ

自身の作ったエンジンがドイツの戦争の道具に使われるのが嫌で、ヴェルナー・フォン・ブラウンは、アメリカへ亡命します。

しかし、米ソ冷戦が発生し、ヴェルナー・フォン・ブラウンは兵器の開発のための軍事施設へ配属されてしまいます。

しかし、月への到達をあきらめませんでした。

1957年10月4日、ソ連が世界初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功しました。

ソ連は、第二次世界大戦でドイツを占領した際に、V-2の開発技術を手に入れていたのです。
ソ連に負けられないアメリカもは、人工衛星打ち上げに必死になります。
そこで目をつけられたのがヴェルナー・フォン・ブラウンです。
それまでは、人工衛星の打ち上げに失敗し続けていたアメリカですが、1958年1月31日、ヴェルナー・フォン・ブラウンの作ったロケットは見事に宇宙へ飛び立ちました。

アメリカの月面着陸計画がスタート

NASAのマーシャル宇宙飛行センター所長に就任したヴェルナー・フォン・ブラウンは、本格的にロケット開発に取り掛かります。
月に到達するために、推進力700トンのエンジンの開発が目標になります。
それまでの技術では、推進力180トンが限界でした。
人工衛星は時速28000キロで地球の周回軌道上を回ります、この軌道から離れて月に到達するには時速40000キロが必要でした。
地球の引力を離れて月に到達するためには当時の技術ではパワー不足でした。

エンジンの開発がスタート

エンジン内では、液体燃料と酸化剤が混ざり合って激しい燃焼が起こります。
この2つを送り出すポンプの勢いが重要になります。
ポンプのパワーアップと軽量化に取り組みます。
それまで、別々のポンプで運ばれていた液体燃料と酸化剤を、1つの大きなポンプで送り出すことで問題を解決しました。
そうなると、次に火力が上がりすぎて、ノズルが熱に耐えられなくなりました。
ノズルの鉄は1300度まで耐えられますが、3000度以上の熱を生み出すポンプの前では簡単に溶け出してしまいました。
ポンプから発生するガスをノズルから噴出させ、火が直接ノズルに触れないようにすることでこの問題を解決しました。

ソ連に先を越されたアメリカ

その間、ソ連では1961年、ガガーリンが人類初の宇宙飛行に成功しました。
それを悔しがったアメリカは、ジョン・F・ケネディ大統領が1960年代中に月面着陸を成功させることを発表してしまいます。

ロケット開発が加速

その頃、アメリカの開発するロケットは不安定燃焼により、突然炎が強くなり、爆発を起こす問題が発生していました。
ヴェルナー・フォン・ブラウンは、全米から専門家を招集し、特別チームを作りました。
インジェクターから燃料を吹き出すときに波打ってしまうことが原因でした。
インジェクターをバッフルという仕切りで細かく分けて燃料を噴出させることにより不安定燃料が起きなくなりました。
バッフル

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サターンV初打ち上げ

F-1完成から2年、1967年にサターンVの初打ち上げが行われます。

サターンV初打ち上げ

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このテストは非の打ち所がない大成功でした。

その後、無人飛行1回、有人飛行3回のテストを重ね、本番を迎えます。

ソ連も同時に月面着陸用のロケットN-1を開発していました。

しかし、ソ連は巨大なエンジンを開発できず、エンジン30基を組み合わせるという方法をしていました。

テストでエンジン30基が大爆発し、ソ連の月面着陸計画は失敗に終わりました。

アポロ11号が月面へ到着

1969年7月16日、アポロ11号が打ち上げられます。

アポロ11号

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月着陸船船イーグル号が月へ着陸するとき、問題が発生します。

月の表面はでこぼこが多く、なかなか着陸できる場所が見つかりません。

着陸用の燃料が尽きるまで残り数十秒、それを超えると自動的に宇宙船へ戻るようプログラムされています。

しかし、ギリギリのところで着陸に成功します。

月面着陸

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ニール・アームストロング船長による

「一人の人間にとっては小さな一歩だが人類にとっては大きな飛躍だ」

という言葉はあまりにも有名です。

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