救急救命センターERを初めて作った医師たち

プロジェクトX 救命救急 ドキュメンタリー
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かつて日本には、24時間体制で常時患者を受け入れる病院は存在しませんでした。

重症患者の受け入れ先が決まらず、救急車で搬送中に亡くなる患者があふれていました。

大阪府は全国にさきがけて重症患者の救命救急施設の建設を検討します。

大阪府は、当時、昭和41年、日本でも交通事故が多い地域でした。

しかし、医学界が反対します。

そんなとき手をあげたのが、大阪大学の杉本侃(すぎもとつよし)でした。

当時34歳でした。

杉本侃

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参考資料:DVD「プロジェクトX 挑戦者たち 救命救急 ER誕生  日本初 衝撃の最前線」

なぜ、医学界に逆らって手を挙げたのか

杉本侃は、救急救命の構想が生まれる4年前、神戸の病院で働いていました。

そのとき、船と桟橋の間に腹を挟まれ危篤状態の公安労働者が運ばれてきました。

助かる見込みがなくても、せめて家族が到着するまでの間命をつなぎたいと思いましたが、何もできず、点滴を打つことしかできませんでした。

結局男性は家族の到着を待たずに亡くなってしまいました。

それが心から離れず、救急医療に賭けたいと思い、杉本侃は救急救命センターの立ち上げに名乗りを上げました。

日本初のERのスタート

日本初のER、大阪大学医学部附属病院・特殊救急部が杉本侃をリーダーにした4人の医師でスタートしました。

 

第1号患者は、抗争事件で腹を刺された暴力団の組員でした。

懸命に処置を行い、命を助けることに成功しましたが、学内からは、人殺しを助けるのか、と揶揄されました。

次に来たのは包丁を指で切った主婦でした。

明らかな軽症患者に頭を下げ、お引き取り願いましたが、「生意気な医者だ。二度と来るか。」と捨てゼリフを吐かれました。

2か月後、同じ組員が抗争事件でまた刺されて運ばれてきました。

今度は相手も殺していました。

杉本たちは、自分たちがやっていることは、何なのかと、自問自答しました。

助けられなかった命

ある日、交通事故により頭蓋底骨が折れ、体中の骨も折れている、多発外傷の患者が運ばれてきました。

頭部と腹部を別々の医師が開いて同時に手術を行いました。

しかし、無傷なはずの肺の機能が低下をはじめました。

まもなく、心臓が止まり、そのまま亡くなりました。

体液が大量に失われたことが原因でした。
多発外傷の患者には大量の輸液を投与しなければなりません。
しかし、頭部に外傷がある患者に輸液を大量に投与すると脳に損傷を与えてしまいます。
結局、解決策が見つからず日々の仕事に追われていきます。

次々に患者が運び込まれ技術が上がる

3年が経った昭和45年、特殊救急部の存在は知られるようになり、重症患者が次々と運び込まれるようになっていました。

当時、従事していた医者7人でした。

ある夜、処置室から手術室に患者を運ぶ途中で心臓が停止しました。

杉本は患者の心臓を直接つかみ、マッサージを行い、見事に蘇生しました。

ほとんど寝る間もない3年の地獄のような経験が、杉本たちを成長させていました。

当時、触れてはならない臓器と呼ばれた肝臓も、救急患者を救うため処置しました。

肝臓は豆腐のようにやわらかく、細かい血管が多いため、当時の医療では触ることができませんでした。

またしても発生した輸液問題

ある日、全身の65%が火傷におおわれた少女が運び込まれてきました。
大量の輸液を投与しますが、体中に水膨れができてしまいました。
しかし、輸液を止めるわけにはいけませんでした。
数週間の強い痛みの後、少女は息を引き取りました。
次は輸液との戦いを克服し、多発外傷も全身やけども治して見せると前を向きました。

医療の歴史を変える発見

輸液問題を解決するため、あらゆる文献を漁っていた中で、輸液の塩分濃度を体液と同じ0.9%から1.8%にすると、浸透圧の力で少量でも全身に染み渡るという古い論文を見つけました。
第一次世界大戦時代の古すぎる文献だったため、これまで見落とされていました。
これなら多発外傷も、全身やけども助けられると思いました。
昭和47年、脳挫傷を起こした多発外傷の患者が運ばれてきました。
濃度1.8%の輸液を、これまでの半分の量で流し込みました。
2時間後、手術は終わりました。
その夜、患者の指が動き、命を取りとめました。
この救急救命センターでなければ、確実に命を失っていた患者を救った瞬間でした。

日本中にERが広がった

昭和47年12月、全国の医師3000人の前に立った杉本は、「救急医療にもっと目を向けてください。」と言いました。
その後も、精力的にERを広めるための活動を行っていきました。
5年後、厚労省は、全国に110か所の救急救命医療の設置を決定しました。

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